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1970

戦争を知らない子供たち/ジローズ 

2015年1月放送の「鈴木康博のメインストリートをつっ走れ!」のゲスト、きたやまおさむさん(北山修さん)のお話の内容をまとめてみました。


1970年の万博会場で、「全日本フォークシンガーズ」っていうグループを結成して、そしてコンサートをやろうと、フォークソング・ブームだったですからね。


そして全国からアマチュアの方々、有名・無名の方々に声をかけて、若干オーディションのようなことをやって。4、50人集まったのかなあ。それが全体となって歌う、というときに何を歌おうか、と。メインタイトル、コンサートのタイトルを「戦争を知らない子供たち」にしようと。その主題歌というか、テーマソングを作ろう、ということで作った曲なんですね。


戦争を知らないのにお前たちなに言ってんだ、と。学生紛争があって後退していく、って時ですね。ですからその頃の状況も踏まえて、私たち団塊の世代が歌を作る、あるいは歌をうたう、としたらなにがいいのか。それでタイトルは自然に決まっていきましたね。これにしよう、ということで詞を書いたんですよ。


加藤和彦のところに持っていく場面があって、加藤和彦は私(わたくし)の詞を受け取って「こんな甘い歌詞をつくれない」みたいな、ね。鼻で吹いて笑ったよ。こんなん、ふっ、とかって言ってましたよ。すごいですよねえ。


それで、これは加藤に頼むわけにはいかん、と。まあ正直言って、お互いにつっぱってましたからねえ。これがキライだ、あれがキライだ、とすぐに言い合ってたような仲ですから。


それで杉田二郎のところにこれ持っていこう、という話になって。杉田にはそのことは内緒で。つい最近言ったんですよ。だって二番煎じだってのはマズイからね。二番目に持ってこられた、っていうのでは。加藤和彦が鼻で笑って吹いた歌詞だって、説明するわけにいかないじゃない。これは杉田二郎、お前しか書けない、って言ってのせて。急いでましたからね、書いてくれたんですよ、アイツが。


アイツのところに、何番までかな、かなりの量の歌詞が残ってますよ。それいろいろ歌詞をえらんで、僕が最後に3番までね、えらんで、で完成したんです。曲書いてくれてね。


たしかそれでもうひとつ曲を書いて、「愛とあなたのために」だったかなあ。そういう歌詞の歌を書いて。「愛と革命のために」だったんですよ、あれ。もともとの歌詞が。だからそうゆう時代だったんです。


「愛とあなたのために生まれた」みたいな歌詞だったのが、「愛とは革命のために生まれた」みたいな歌詞だったような気がする。まあ、そんな感じよ。


戦争という言葉が入ってヒットする、っていうのは、まあイメージないじゃないですか。軍歌以外にね。まあまあ、でも反戦歌というイメージも若干これはあるからね、だからいっぺんやってみよう、とこっちがA面になったんだねえ。


まあ大変な歌ですよね。これ、沖縄に持っていったときにえらい怒られて。「戦争を知ってる子供たち」っていう替え歌もできちゃったの。沖縄の方は基地があるから戦争を知ってるわけで。

もう小室等さんは僕にボロクソに言うんですよ、「お前、それはイメージの貧困だよ。戦争を知らないなんて、お前イメージないのか」とかって言われて。そうゆう議論の的になって、大変な歌です。そうゆう意味では。

今から読むとね、青空が好きで、花びらが好きで、そんなあほな。それで平和になるのか、とか思いますやん。でもそう思った瞬間があった、あった。ラブ&ピースとかね。あの時代ありましたもんね、一瞬ねえ。

ん〜。そんな甘いもんやおまへんのや、って感じですけど。まあ、こうゆう歌を作りました。