ヤスさん脱退について
ソロ活動を始めていた鈴木康博さん、1983年8月31日にオフコースを正式に脱退しました。(その少し前の1983.8.21リリースされたアルバム「Sincerely」のジャケットに貼られていたステッカーには、小さい文字で「オフコース」と書かれています)
オフコースが失ったものは、ヤスさんの楽曲、ボーカル、コーラス、ギター、アレンジ、グループダイナミクスなど数えきれないものがあったと思います。
もうひとつ。
1990年の「パチパチ読本 No.2」、田家秀樹さんの小田さんへのインタビュー内容から読み取ると、「英語圏に対するパワー」があげられます。(ヤスがいなくなって一番ショックだったのは、外国のプロジェクトどうするんだろうっていうことだった、とも書かれています)
小田さんの当時の心境として、「アメリカはやめよう」が「音楽はやめよう」に近い気持ちになった、ともあるので、とても大きな比重を占めていたんだな、と思いました。